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泌尿器科Q&A
神経因性膀胱 各論
なぜ、脳梗塞を選んだかというと

 現在、脳梗塞は増加の一途をたどっていますが、どういうわけか、脳梗塞の神経因性膀胱について、実践医療に役立つ、気の利いた解説書というものがありません。

 神経因性膀胱の治療は、歴史的には、戦争や労災による外傷性の脊髄損傷とともに進歩したという背景があります。脳梗塞を含めた脳卒中の研究も精力的に行われた時期はありましたが、残念なことに、系統だった診療マニュアルがつくられたことはありませんでした。

 

どんな病気のときに神経因性膀胱になるのですか?

 脳梗塞は脳の血管がつまる病気です。突然に発症しますが、その原因には長い間の動脈硬化やある種の心臓病が関係しています。脳の血管が詰まるといろいろな神経症状を起こしてきます。左右どちらかの半身片麻痺は脳梗塞の代表的な神経症状ですが、これに言語障害を伴う時もあります。これらの症状は後遺症として残りやすく、その後の人生で長く不自由な生活を強いられますので、ご本人にも家族の方にも大変な病気といえます。

 実は、手足の片麻痺症状の陰に隠れてあまり知られていませんが、脳梗塞の時に高率におこる後遺症として、'神経因性膀胱'といわれる排尿障害があります。

 どのような症状かというと、尿を我慢したいのに我慢できない、あるいは、排尿しようと思うのに出せないというものです。正常な排尿は、我慢したいときに我慢がきき、用を足したいときに足す事ができる、という状態ですから、あべこべ、ということになります。手足の麻痺や言語障害が患者さんに苦痛を強いる障害であることは言うまでもありませんが、排泄の悩みというのも、本人にしかわからないとても大きな悩みです。

 これらの排尿症状は、専門的な言い方をしますと、①意志とは無関係な膀胱収縮と②意志による排尿の障害という二つの病態の組み合わせによって生じています。

 意志とは無関係な膀胱収縮(①)は、急に尿意を催して我慢ができない状態を引き起こします。病気になる前には、尿意を催してからゆっくり余裕をもってトイレにいけたはずの方も、脳梗塞になってからは、行こうと思った時にはもう間に合わないという患者さんが多くなります。歩行が不自由なって、トイレにたどり着くまでの時間も以前よりかかるようになっていますから、余計に大変です。

 意志による(随意的な)排尿の障害(②)とは、自分でトイレにいって尿を出そうと思ってもうまく出せない状態のことです。脳梗塞になる前には、尿意を催したときはもちろん、外出する前など特に尿意のない時でも、自分の意志で排尿することが可能であったはずです。しかし脳梗塞の患者さんの多くは、強い尿意を催している時(たいていは①の状態の時)以外にはうまく排尿できなくなることがあります。

 ①と②は両立しないのではないかとお思いになる読者の方がいるかもしれません。しかし、実際には、ひとりの患者さんにあるときは①が、あるときは②がというように、両方が現れることになります。尿を我慢したいのに我慢できない、しかし、尿をしようと思うときにうまく出ない、という二つの異常が混在した状態になるということです。これが、脳梗塞の排尿障害が複雑である理由のひとつなのです。

 2つの異常は、脳梗塞の患者さんでみな同じようにあるわけではありません。患者さんごとにそのブレンドの割合が異なっているので、患者さんによって症状は少しずつ違います。ですから、患者さんにあわせたオーダーメイドの治療が必要になってきます。

 もし仮に、①が高度で②がほとんどなければ、尿意切迫感・尿失禁はありますが、排尿のしずらさはほとんどなく残尿もありません。この場合は、お薬(抗コリン薬)で膀胱の不随意な収縮を抑え、尿失禁を良好にコントロールすることができます。

逆に、②の障害が高度で①がなければ、残尿が非常に多い、慢性尿閉の状態になります。その場合、排尿を促進するお薬(α1遮断薬やコリン作動薬)を使うこともありますが、薬の切れ味が悪く、あまり効果は期待できません。場合によっては、カテーテルを使う排尿方法やオムツの使用も考慮しなくてはならないかもしれません。

 実際の患者さんの多くは、上記2つの例の中間のどこかに位置しますので、尿意を急に催してトイレに行きますが、排尿は途中で中断し、残尿を残すというような状態になることが多いのです。そして、その残尿量が多いほど、また膀胱の不随意な収縮が起きやすい患者さんほど、頻繁に尿意を感じて困ることになります。

 膀胱の不随意な収縮を抑制する薬(抗コリン薬)は、残尿が少ない時にだけ有効です。この薬は切れ味が良い反面、逆に残尿を増やしてしまう傾向があるため、残尿の多い時には、尿がでなくなったり、逆に頻尿を助長したりしてしまうことがあり、かえって用いない方がよい場合も少なくありません。

 幸い脳梗塞の排尿障害では、脊髄損傷・二分脊椎症・中枢神経変性疾患などにおける排尿障害などの場合とは異なり、膀胱の上にある腎臓まで障害を及ぼすことはほとんどありません。したがって、脳梗塞の排尿障害における治療の到達目標は、腎障害の予防ではなく、生活の質(QOL)を維持することであるといっても過言ではありません。いわゆるQOL diseaseであるということです。その意味で、脳梗塞の神経因性膀胱の治療理念は、'患者さんにできるだけ負担にならない治療で、患者さんの生活の質を最大限にアップさせるにはどうしたらよいかを考えること'であるといえます。

もう一つ・・・
脳梗塞の患者さんは長期間の不自由な生活を強いられますが、介護環境の多くは老老看護です。また、息子さんや娘さんが近くにいらっしゃる場合でも、それぞれの生活があり必ずしも十分な介護は期待できないのが現状ではないでしょうか。介護保険などの社会的支援も以前に比べ充実してきてはいますが、それですべてが解決できた訳ではありません。

 このような現状では、患者さんに付き添っているご夫婦のつれあいの方にとって、隔週あるいは月1回の主治医の定期診療やリハビリに連れてゆくのが精一杯で、神経因性膀胱だなんだと言われても、なかなか、そのためだけに専門医のところにつれてゆくというのは大変だ、というのが本音ではないでしょうか。

 定期的に通っている病院に泌尿器科がある場合には、ついでに泌尿器科を受診するのも一法ですが、その先生が神経因性膀胱に特に詳しい先生である可能性は残念ながら高くはなく、また、熱心に診てくださるとは限らないでしょう。

 このようなことを考えるたび、『この分野の診療体制にはまだまだ社会的・制度的な成熟が必要だな』などと思うこの頃です。

 

※参考文献:
泌尿器科外来シリーズ:5巻:尿失禁外来 メディカルビュー社 小柳知彦編